植民地の記憶の場所にみんなで行ってみよう会

日韓学生が一緒に植民地時代の記憶の場所をめぐる活動記録。

第8回活動報告〜ナヌムの家(前編)

 今回のみん会では、ナヌムの家を訪問しました。ナヌムの家は 太平洋戦争末期、日本帝国により性的犠牲を強いられた生存日本軍’慰安婦‘ハルモニ(おばあさん)たちが集まって暮らしている生活の基盤です。<ナヌムの家>に住んでいる日本軍’慰安婦‘ハルモニたちは毎週ハングルの授業と共に絵画授業を通して学んだ絵で、数回にわたり韓国内外での絵画の展示会を開催しています。そのことで過去の日帝の日本軍‘慰安婦’に対する蛮行の真相を歴史に残していく活動をしています。

<ナヌムの家>は日本軍’慰安婦’歴史館を通じて長く子孫に日本軍’慰安婦‘被害者問題に対する正しい歴史観を確立するために率先している歴史館の一つです。現在、生存されている方は39人、ナヌムの家には10人のハルモ二が住んでおられます。(2017年3月現在)

今回は運が良く、特別に3名のハルモニと直接会ってお話を聞いた後、歴史館で解説を聞き、みんなで意見を共有しました。

 

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ひとり一人の感想

 

Aさん

私が8月のみん会で「戦争と女性の博物館」と水曜デモに行ってきました。そこでハルモニ一人一人の経験とかはパネルでみたことがあって、日本が謝罪したって言ってて、韓国は誠意がある謝罪がまだされてないと言ってたことが疑問に残ってました。それって何なんだろうってずっと思ってて。何でそんな対立が起きてるかなって思ってたんですけど、今日ここにきて日本に対する7つの要求条件を見てすごく納得して。それが今日ここに来て良かったと思った一番の理由です。パネルで見てたハルモニたちの経験を今日実際に会って、結構自発的に話してもらえて。そんなに話してもらえると思ってなかったからすごく貴重な経験だったなと思いました。

 

Bさん

私が今回一番思い出に残ったのはハルモニ達と話したことでした。文章や映像でしか見たことのないハルモニ達が目の前にいて、話したり握手したり、私たちのように好き嫌いがあったりという生きている人間であることを感じました。歴史用語でしか見えなかった慰安婦っていうのが自分の中学生15歳だった頃の記憶とも重なっていわゆる慰安婦という言葉が今までよりも実感が沸いたし、何か温度を持った存在になった気がします。

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慰安婦問題についてのビデオ鑑賞中


Cさん

今回ここに来て一番私の記憶に残ったのが、昭和天皇に銃を向けてる絵ですね。韓国に留学に来てからは天皇について、特に戦争責任に関して日本と韓国の人たちで認識の仕方が全然違うというのはもう感じたことなんですけど。やっぱりここに来てその絵を見ると韓国・朝鮮半島の人達にとってその天皇というのは戦争責任、植民地支配の最高権力者だったからそこ、今になっても恨むと言うか責任があると考えることは理解できます。だけど、やっぱりずっと日本で育ってきて教育を受けてきた自分にとってすっと入ってこなくて、何かひっかかっちゃうっていうのがあって。多分、私は韓国に来ているからまだ韓国の植民地支配を勉強してるからまだマシと言うか、全然韓国のこととか植民地支配とかを日本にずっといて考えていない人だったらもっと韓国の考え方を理解できない人達がたくさんいるだろうと、そこのギャップは大きいかなっていうのをまた改めて感じました。あと、私からするとそのハルモニの方たちのお話とかを聞いたりしていても、やっぱり慰安婦問題というのは日本だと歴史修正主義の人とか政府とかの見解とか、それに従って報道するマスコミの意見ばかりを聞いてると慰安婦の問題は極端に言うとウソを言っているみたいなところから始まって否定する意見というのが多い気がします。でもなんかこういうところに来てもうちょっと踏み込んで韓国の人たちから話を聞いたりすると、どうも私からすると否定するという発想にはならないかな。でもやっぱり日本では慰安婦問題を否定する意見が結構多いっていうギャップもなんでかなって思う。 プライドと言うか日本はこういうことをしてこなかったという結論に、なんとしてでも持っていきたい、実態がどうであれ、そこに持って行きたいという力が働いているかなって思います。その点で今日ここに来る機会があった者の一人として発信していく責任があるかなと思っています。

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責任者を処罰せよという題の作品ー絵の中央に目隠しをされて立っている男性が昭和天皇


Dさん

今まであまり知らなかったこともあって、漠然と慰安婦問題は朝鮮半島か日本かすごい近い近隣だけで起こったことだと思ってたんですけど、今日特に第二資料館(ハルモニひとり一人について展示している資料館)の方を見て、実際は朝鮮半島から遠い人だと満州とかシンガポールまで連れて行かれた人もいたことを(知りました)。戦後なかなか帰れない人がいて、中には朝鮮半島に戻ることができないまま亡くなられている方の話を聞いて。戦争当時に起こったことだけでなくてその人の人生全体を通してちゃんとを考えなければいけないのかなと思いました。あと、さっきの話とめちゃかぶるんですけど私が慰安婦の問題が十分問題になっていること自覚してるつもりなんですけど、それをどう解決していくかというのはを考える時にハルモニ達が言っている責任者の処罰とか政府からの賠償金の支払いを求めているのを見て、それが日本政府側からするとすごく難しいことなんだろうなというのは感じました。責任者というの誰と考えるのかっていうのが一番難しくて、それを昭和天皇っていう風に絵で表現してると見たときに昭和天皇で考えるんだなというのが一番の驚きで。自分は日本で歴史の教育を受けてきて、あまり天皇に戦争責任があるっていう実感を持ってなかったから…確かによく考えれば最高責任者は天皇天皇に責任があると思うんですけど。今の憲法上は天皇は政治的な発言ができると思えないから、もし韓国の方が天皇からの謝罪を求めているとかとなったら、それは本当に難しいなって思います。賠償問題についてもすでに日本側は解決済みと思っている以上、政府からの賠償金という形でお金を支払うことはできないからそれ以外の方法でやろうとどんなに日本が努力しても受け取ってもらえないと思うとなかなか解決が難しい問題だなと思いました。

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이옥선ハルモニと


Eさん

慰安婦問題に関して大学でちょっと勉強したことがあるんですけど、それにさらに上乗せで今日、本とか先生の授業とかだけではで分からないことを直接的に体験できたというのは自分の中で韓国留学してよかったと思えることですね。ハルモニに直接会って話を直接聞いたり、展示とか色々学んで自分で思ったのは、日本において慰安婦問題など植民地関連の問題についてよく知っている人が少ないけれど、韓国の人も実際どのくらい知ってるのかなということ。たまにツイッターとかで慰安婦のこととか韓国のこととか韓国人についてのツイートとかを見たりします。自分が見てきた中で、(慰安婦について)知ってる人も多いと思うんですけど、日本よりほんまにちゃんと本質を理解できているって言う人が何人いるのかというのを考えた時に、そこがやっぱりちゃんと理解できてない人が多いから結局今政府間でこういう解決済みだの違うだの問題になっちゃうのかなというのを考えさせられるました。

 

Fさん

僕今聞いてて結構びっくりしたのは僕個人的には天皇制とか天皇そういうの大嫌いなんで全く違和感はなくて、当たり前かなって感じなんですけど、まあそれは別にさっき皆さんの感想を聞いてて思ったことで…。僕ずっとフェミニズムを勉強しててこういう問題について考えるときにフェミニズムだと自分がどういう立ち位置にいて誰に向かってと発言するのかというのがすごく大切なんですね。同じ意見はどれくらい理論がちゃんとしていても自分がどういう立場からそれを言ってるのかてのはすごく重要で、誰に向かっていているのかが重要なので、僕は日本人男性としてある問題というのを見るときに自分がどういう意見を持つのかってのは実際にその慰安婦として被害にあった人たちと話してみないとちゃんとはっきりした立場を持てないと思って。今回実際(ハルモニの方たちと)話してみて自分が始めにこんな感じと話されるのかなと思ってたことをお話して下さったので、その点では前よりももうちょっと自信を持って自分がこの慰安婦問題に対して意見を持てるようになったのかなという感じがします。あとは『海を渡る「慰安婦」問題』っていう本が出てて、そこでテッサ・モーリス‐スズキさんと言う学者さんが言ってる「連帯」という話で、慰安婦問題に対して例えば僕は責任ないじゃないですか。別にシステムの構築に関わってってないし、制度を利用してもいないし、生まれてもいないし。でも、何に責任があるかって言ったら、今ハルモニ達が満足できるような対応を日本政府がしてないっていうことに関しては、僕は参政権があるし、今の政府が行っていることをでハルモニ達を満足をさせられないっていうのは僕にも責任がある。参政権を持っている人は特に責任があることなので、よくこういうハルモニ達が日本で講演会とかをした時に、日本人の若い子とかが泣いて謝ったりする話をよくするんですけど、それはちょっと違うのかなっていう感じはします。慰安婦制度自体に責任はないけど、今その問題が長引いているってていうことに対しては責任があるというのはちょっと考えてみるべきかなと思います。

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ハルモニが日本政府に対して要求し続けている「7つの要求条件」


Gさん

今回ナヌムの家訪問は2回目で、1回目来たときよりも理解が深まったんですけど、来るたんびに、慰安婦問題に聞くたんびに、本当に複雑な問題だなというのはつくづく思いますね。女性の人権の問題でもあるし、歴史問題でもあるし、政治の問題も絡んでるしなと本当に解決は難しいんだなって感じます。さっき女性一人の個人としての含めて見るべきと言ってくれたんですけど、慰安婦被害者の女性は周囲から視線を気にしたり家族に見せいる顔がなくて家族と縁を切ったり、教育を受けられずにずっと貧しい生活を強いられたり、結婚も結構諦めている方が多いのを見ると、現在進行形でずっと続いている問題だなって思います。歴史的の面から見ると、日韓の間で合意とか談話、例えば河野談話などとかもあったんですけど、まだ満足する成果が出せないのは日本が政党同士で意見も違うし、国全体してのコンセンサスが足りないなというのは思ってて。しかも今の総理大臣である安倍首相は歴史修正主義の傾向を持っている人だし、岸信介というA級戦犯の孫でもあるし、歴史問題に直接向き合える政府が作られてないなっていうのは思ってます。どういう政府が誕生すればいいのかは皆さんに任せます(笑)。それと、私個人的に日本がどうこの問題を解決するかばかり考えている気がしてて、解決できるできないを越して歴史精算には終わりがないみたいなそういう意識が日本政府や日本人には足りないような印象を受けますね。最後に、最近授業で習ったことなんですけど、安倍政権が歴史修正主義だとよく聞くじゃないですか。でも2015年の安倍談話周辺からは安倍政権がもっと国際主義的な立場に方向転換したらしいんですよ。それで国際主義立場というのが国際秩序、国際的に共有されている社会的なルールに従うっていう目標を掲げている主義なんですけどその主義にのっとって安倍政権がこれから歴史修正主義よりは日本はこういう国際法的な立場で、国際ルールを順守している政党だから韓国は何で言ってくるんだっていう論理で攻めるんですね。2018年にあった韓国の大法院(韓国の最高裁)の強制労働関連の判決をしたときも安倍政権は”国際ルールに従わない韓国”という論理で非難してきた例があります。今歴史修正主義よりずるがしこい方法で日本が意見を発しているという感じがしますし、韓国も単純に日本=歴史修正主義という風に思い込みが強いすぎる傾向はあると思います。韓国にとって日本政府の思惑を冷静に判断する能力が必要ですし、より徹底的な資料調査や研究をもっと韓国はしなければならないのではないかと思っています。本当に難しいなと思います。

 (後編へ続く)

 

 

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第7回活動報告 ソウル歴史博物館

 現在、私たちはソウルで植民地時代を考える「みんなで行ってみよう会」(略してみん会)という活動を行なっています。植民地の記憶の場所に日韓学生が足を運び、感想を共有します。2019年2学期第3回目の活動として、10月26日にソウル歴史博物館に行ってきました。

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ソウル歴史博物館

ソウル歴史博物館は、朝鮮時代(李朝)から現代にいたるまでのソウルの歴史と文化を知ることができる博物館です。展示は、時代ごとに第1~第5ゾーンに分かれており、600年に及ぶソウルの歴史を俯瞰できます。各ゾーンの展示内容は以下の通り。

第1ゾーン:朝鮮時代のソウル

第2ゾーン:開港と大韓帝国時代のソウル

第3ゾーン:日帝占領期のソウル

第4ゾーン:解放から2002年までの現代史第3ゾーン:日帝占領期のソウル

第5ゾーン:今日のソウルの姿

私達は、第2・3ゾーンを中心に、博物館全体を見学しました。今回は、日本人と韓国人と在日、それぞれ1人ずつの参加でした。以下、共有した感想とフリートークです。

 

Aさん

第3ゾーン(日帝強占期のソウル)で小学生の歴史学集団が回ってたのを見たときに、そこでの展示が、ちょうど日本が中国を侵略した1930年代後半の展示だったんですけど。そこで国家総動員法とかその辺の話をするときに、それって日本が韓国に対してもしてたけど、日本国内に対してもしてたから、日本が韓国を差別しようとしてしたことではないんだけど、それを子供に説明するときに、日本はこれだけ(大韓帝国時代の象徴の破壊、韓国人差別、等々)にとどまらず韓国にこんなこともしましたっていう説明をしてて。それって捉え方によっては韓国にだけしたって言う風にもとれるなあって思ったから、それを小学生がどう捉えるかなって思いました。

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1930年代後半の展示


Bさん

結構印象的だったのが、南村と北村のところでした。北村は韓国人が98~99%で、南村は90%くらいを日本人が占めていて、そこで日本が植民地支配をするけど、日本人を中心にしたっていうのは、あんまり今までの展示でみたことなくて。今回、日本の植民地の過程で、韓国国内でも日本人中心の町と韓国人中心の町分けてたんだなっていうのを初めて知って。これが、日本が同化政策でスローガンとして書いてある内政一体(韓国も日本と同じように扱うよっていう目標)っていうのと矛盾してるなあって思って。韓国人を日本人のように扱うって言っても差別はあったんだなあって思いました。

近代化(第2ゾーン・開港と大韓帝国時代のソウル)のところで、もし韓国が日本より開国を先にして、近代化をもっと早く始めていたら、歴史はかなり変わったかなって想像もできて。韓国が日本より30年くらい遅れて開国して、そのせいで朝鮮末期はほぼないって思ってもいいんだけど、国力が落ちて、日本は逆に明治維新で力をつけて。日本が韓国を視野にとめられるほど韓国が弱ってたから、もし近代化をもっと早くやっていたら、韓国は植民地にならなかったかもしれないし、もし韓国の近代化が成功してたら、日本を植民地にしてたかもという変な妄想もできるなあって。

 

Cさん

(韓国が)西洋が来たのをもし(もっと早く)受け入れていたら、西洋列強は日本が韓国にしたようなことはしなかったのかなって思いました。

 

Bさん

日本の植民地が西洋と違うのは、西洋の植民地は、イギリスがインド、イギリスやフランスがアフリカみたいに、文化も民族も人種も歴史も違うから、同一化とか何も考えなくて。西洋はただの労力・資源のために植民地にしてたけど、日本は名前も変えさせたし、宗教も変えさせたし、本当に国民にして永久支配をしようとした。

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北村と南村の展示

Cさん

なんで日本はそもそも朝鮮半島を植民地にしたかったのかな。秀吉の時とかも…

 

Bさん

理由の1つとしては、明治政府の2大目標が、朝鮮の国有権を得るのと不平等条約の回復だったんだけど、開国のときに結ばされた不平等条約を回復するためには列強から認めてもらわなきゃいけなくて。そのために、その一貫として韓国の植民地化もあって。

 

Aさん

不平等条約の回復をするために、(日本が)列強くらい強くなろうとして。列強が何をしてるかって言ったら、植民地をいっぱい持ってる。じゃあ日本もやろう、みたいな感じだったんじゃないかな。

 

Bさん

植民地の流れに乗りたがった日本が、隣の国を目当てに…

 

Aさん

まあでも、実際そのあと中国とか自分の支配下に置こうと思ったら朝鮮半島が足がかりだったんじゃないかな、日本にとっては。

 

Bさん

列強が清を分ける風刺画あったよね。

 

Aさん

Cさんは、展示見てどうだった?

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第3ゾーン・京城都市紀行

Cさん

特にこのエリアについてどうっていうのじゃないんだけど。さっきの、韓国人の子供がここで勉強して捉え方変わらないかなっていうのに関連して、逆に日本人も日本でしか勉強しないからそういう面あるんじゃないかなって思って。友達で1人いるのが、朝鮮半島植民地化を正当化する理由の1つとして、インフラを整えたっていうのがあると思うって言うんだけど。それは日本人が住めるようにするために日本人が住んでたところだけやったっていうのは、ここに来たから学べたけど、多分日本だとそんなの絶対やらないから。色んな視点から歴史を勉強しないとダメだなって思いました。

 

Bさん

ここでも、大韓帝国時代の韓国のインフラ整備とか近代化の町の発展の様子とかあったけど、そこに日本の力があったのはあったのにそれが何一つ言及されてないし。大韓帝国の近代化を日本が阻止したっていうニュアンスで書かれてたから。あってるはあってるんだけど中立的ではないなと思いました。大韓帝国の壮大な近代化政策が(日本によって)全部破壊されたって書かれてたから。

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第3ゾーン・北村・南村


Aさん

確かに。植民地のところ入る前に書いてたね。

 

Bさん

あと、この博物館が結構いいのは流れ。かなりよくつかめるなって思って。朝鮮時代から近代化まで一気に扱ってる場所は珍しいなって。

 

Aさん

そう、例えば植民地歴史博物館だったら植民地時代の部分だけとか、普通は特定の話題についてやるけど、ここはソウルっていう地域についてやっているから、新しかったね。

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感想共有

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第4ゾーン・ソウルは工事中

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第2ゾーン・ソウル、世界に門戸を開く

 

第6回活動報告〜9/29 植民地歴史博物館及び南営洞対共分室〜

 現在、私たちはソウルで植民地時代を考える「みんなで行ってみよう会」(略してみん会)という活動を行なっています。植民地の記憶の場所に日韓学生が足を運び、感想を共有します。2019年2学期第2回目の活動として、9月29日に植民地歴史博物館及び南営洞対共分室に行ってきました。

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植民地歴史博物館の前で。オシャレに撮れました(笑)

 植民地歴史博物館は昨年開館したばかりで、国家の視点に縛られない自由な展示を行なっている民間の博物館です。韓国初の日帝強占専門歴史博物館です。今回は、みん会の学生だけでなく、 日本から6名の女性団体の皆様もご参加してくださいました。みんなで一緒に2時間たっぷり解説を聞きながら展示を見て回り、昼食は強制動員被害者の遺族の皆さんと、その支援者の方と一緒に昼食をいただきました。

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民主人権記念館


 午後には南営洞対共分室に行きました。映画「1987」の舞台にもなった場所です。韓国では1948年に警察庁の所属機関として国家保安法違反、間諜行為などを取り締まるための保安分室が設けられました。それが、第三共和国から第五共和国時代(1963~88年)に民主化運動家や反政府勢力の取り締まりの目的が加わって対共分室と呼ばれるようになり、1976年、龍山区南営洞に専門部署のための施設として5階建ての建物が建てられました。ここが南営洞対共分室です。当時は国家権力による人権侵害が行われており、ここに連行されると無事には戻れないと恐れられていたと言われます。

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入口の様子。つい最近までは警察庁人権センターだったので、建物に警察庁のマークがあったそうです。今はすべて取り除かれた状態です。

 対共分室のあった建物は2005年まで保安分室として使用され、その後は警察庁人権センターとなり、一部が一般公開されていました。 2018年6月、「第31周年6.10民主抗争記念式」にてムンジェイン大統領は南営洞対共分室を「民主人権記念館」として造成することを明らかにしました。そして、2018年12月、 南営洞対共分室の移管式が行われ、現在、民主化運動記念事業会が市民社会とともに臨時の運営を行っています。2022年に「民主人権記念館」が正式に開館する予定です。

以下コメントを まとめたので、よかったら最後まで読んでください。

(今回は全員で感想共有を一緒にできなかったため、感想文形式で載せます。)

 

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参加者:韓国人3名、日本人5名の計8名

 

韓国人参加者Aさん

 私は冬休みにロシアと東ヨーロッパに行ってきたのですが、今日植民地歴史博物館を回ってみてロシアと東ヨーロッパで見た戦争博物館とは展示の仕方が違うなと思いました。大きな歴史的事実というよりも今日はより植民地時代の具体的な状況、一人ひとりの話の方がもっと響きました。その時代に住んでいた方のストーリー、人中心のストーリーを知るのも重要だと思います。国同士、いわゆる日本対韓国として見るのではなく人対人の観点で歴史を見つめ直してみるよい機会でした。マクロの視点、ミクロの視点両方で歴史を学ぶべきです。

 例えば、あまりにも国レベルで見ると見逃す点も出てくると思います。惜しいが植民地支配の謝罪の主催が国だけに前提されていることです。ミクロな視点で見れば、植民地時代には日本人被害者もいます。国を超えて強制労働者として被害を受けた人がいます。このように労働者の権利という観点でも歴史を見ることができます。あまり国にとらわれずに様々な角度から考えてみる必要があると思います。

 付け足しとして、今日は親日派についても改めて考えることのできた機会でした。実はインドでも親日派のように英国と協力するという選択をした人も少なくなかったようです。彼らは一旦英国と協力して、地位や財産を確保しながら独立の準備をしようと思ったそうです。韓国の親日派も似たようなケースです。日本に協力しながら高い地位に着いてから権力を貯めて独立しようという考えは、親日派になる選択する理由の一つとなったようです。親日派は45年まで韓国社会で活躍しました。米軍占領期になっても親日派は重用されました。これが後の韓国社会に深い傷を残すことにもなりますが…。現在でも親日派は複雑な立場に立たされています。現在進行中の問題と言えます。

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博物館を見学している様子。みなさん熱心に聞いています。

日本人参加者Aさん

 私が今回特に感じたことは、日本人は本当に日帝植民地支配の韓国の被害について知らないということです。私は日韓近代史に個人的に興味があったので細々と勉強してきましたが、知らないことが本当にたくさんあり、とても学びの多い身のある学習会になったという満足とともに、そもそもどうして私達は日本のこういう歴史について知らないのだろう、どうして誰も教えてくれなかったのだろうと悲しくなりました。

 現在韓国が抱えている問題、南北分断の問題や、親日派処罰の問題は見方によって日本の植民地支配に由来したものであるし、それについて日本人が全く知らず、他人事のような態度をしているのはおかしなことだと思います。日本人が日韓の歴史について理解し、日本の加害の歴史による現在も続く問題について当事者意識を持って解決に向かって動いて行くべきだと思うし、少なくとも自分はそのような努力をしていこうと思いました。

 

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天皇のために喜んで命を捧げよ」コーナー

日本人参加者Bさん

 前に植民地博物館は何回か行ったことはありましたが、対共分室は今回初めて聞きましたし、初めて伺わせてもらいました。植民地博物館もそうでしたが、知識不足ということもあって、もっと勉強してからまた訪問したいと思いました。

 

韓国人参加者Bさん

 他の博物館よりも植民地歴史博物館はより親日派にフォーカスを当てているなという印象を受けました。同じ時代を生きる朝鮮人にとって親日を選ぶか抗日を選ぶかで大きな違いが出たという事実を改めて見ることができました。印象的だったのが抗日と親日を対立する壁に沿って展示していてよりリアルに抗日、親日の違いを感じることができました。国を売って富貴栄華を享受した人々、命を懸けて国のために闘い続けた人々は全く違った人生を歩みました。もし私がこの時代に生きていたらどちらを選択するか考えてみたら一見悪党に見える親日派ですがなぜ親日になったのかその人の立場を少し理解できるなと思います。その時はいつ日本の植民地支配が終わるか誰にもわからない状態であったし、もしそのような先が不透明な時代に家族など守るべき人がいたら?成功するかもわからない独立運動をして全てを失ったら?もし故郷が、出身国が地図上からなくなると考えたら?など想像を膨らませると両方の立場についてより考えることができました。

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拷問される体験ができるコーナー

 少し話がずれますが、親日派は韓国では現在でもタブー視される傾向があります。十分理解できるところもありますが、韓国と日本がこれからさき関係を発展させていくには惜しい部分がありますね。私個人的には植民地時代の親日と現在の親日派は分けて見るべきだと思います。未だに続く反日親日構造の内容は、まずは日本をよく知るという"知日"が存在し、日本を克服する“克日”への道を緻密に探さなければならないことが前提にするべきですね。 結局、戦争や国交断絶ではなく、善隣外交としての方向を決めなければならないだけで、他の方法はおそらくないからです。

 今は日本を辱めて潰そうとするより、日本を隣人として尊重し、説得しようとする人、戦争か平和かの選択で平和を選択する人...など、反日感情という言葉のように単純な感情処理としてではなく実力で日本を超えようとする克日を図る人たちこそ、親日派という名称をつけなければならないと思います。 そのためには韓国で知日派が必要で、そこから親日派、克日派に発展していくべき今日この頃ではないかと感じます。

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現在、戦後処理問題関係で闘っている方々の様子の展示

 対共分室についてはもとが警察庁という公の場から今は市民の場になったことが一番印象的でした。映画1987の影響もあり、大統領府青瓦台の「国民請願」のページに、この建物を市民が運営する人権記念館にしてほしいとの意見があげられ、インターネットなどでも反響を呼んだそうです。また、保守政権からムンジェイン政権が変わって、韓国政府の負の遺産にも目を向けようとの動きを活性化させていて肯定的にとらえることができました。現在私たちが享受している民主主義がただ誕生したのではなく、過去の犠牲があってからこそなのかと改めて思いました。まだ問題はあると言えども、今の社会を作るために闘った方々に感謝の気持ちを伝えたいです。

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みん会の参加者、日本からの女性団体の方々、 強制動員被害者の遺族の皆さん及びその支援者の方々と記念撮影。

日本人参加者 Cさん

 日本の植民地支配についてメインで展示している博物館は私にとって初めてだった。展示の内容は、知識としては今まで学んだことと重なることが多かったが、植民地支配について朝鮮の人々の視点から語られているということで、日本人として見たときに知識としては分かっていたことでも新たな視点を得ているような気持ちになることが多かった。特に考えたのは、どうしたらこのような朝鮮側からの見方を日本人に伝えていけるだろうか、日本社会が受け入れて行くことができるか、ということである。

 印象的だったのは、日本の近代を築いたといわれる政治家たちが、朝鮮の人々にとっては植民地支配に突き進む大日本帝国を作り上げた人である、という認識の違いだ。もちろん、こうした認識の違い、立場の違いがあるからといって日本が朝鮮を植民地化したことが正当化されることには決してならないし、それが世界の潮流だったからという理由で説明できるとも思っていない。ただし、現代の日本社会が近代日本の延長線上に成り立ってきていることを考えた時、朝鮮の人々の認識を社会としてそのまま受け止めるのはおそらく難しく、その前にワンステップ必要なのではないかと思った。日本・朝鮮の双方での植民地・戦争期の認識の違いを理解することで、そのためには、日本社会でなぜ朝鮮の植民地支配についての理解が十分になされてこなかったのか、政治・教育・メディアなどの視点から考えていく必要があるのではないかと思う。

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5階の窓をご覧ください。拷問が行なわれた調査室だったので、窓がこんなに小さいです。

 また、親日人名辞典のお話や対共分室の見学をしながら、日本において植民地支配までは日本との関連で語られることが多いが、解放後の朝鮮が向き合うことになった南北分断、親日反日の対立、対共産主義独裁政権などの問題についての認識が日本との関連で語られることは少ないということを強く感じた。日本の中で解放後の朝鮮について日本の関わりを述べる人は少ないし、そもそも朝鮮半島でその後何が起こったかについて知らない人も多いと思う。正直私も対共産主義に関しては対共分室に行くまで知らないことが多かった。「植民地支配」といったときに、解放後も朝鮮半島が抱えることになったことも含めて考えて行くことが必要だと感じた。

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1階から5階までこのらせん階段が使われていました。階表示が一切なく、目隠しをしてこのらせん階段を上ったそうです。恐怖感を増大させるためでした。実際上ってみましたがかなり段差が急で大変です。ひたすらぐるぐる回るので方向感覚もなくなります。


韓国人参加者Cさん

 私は普段日本の学生たちとの活動をよくする方です。 良い意味でも悪い意味でも、日本は韓国のすぐ隣にいる隣国ですからね、 日本人はどんな考えを持ってどのように行動するのか、 これを把握することが韓国の立場ではとても重要だと思います。

 最近、日本に対してたくさん否定的な問題が出てきています。 しかし、時々日本に対してまともに把握できないまま、問題を受け入れるようになる場合があると感じます。 その一つが「行為者」の区分です。 私たちは問題に接する時、確実に行為者を区分する必要があります。 私たちがいつも韓国政府と同じ考えで行動しないように、日本政府と国民も同じです。 ですから日本政府の政策に対する反発が、日本国民に対する嫌悪に広がってはいけないと思います。

 韓日関係ではこのようにニュースでは扱っていない多くの裏面があり、より深い理解のためにはこれを知らずにやり過ごしてはならないでしょう。そのような意味で、このみん会の活動は公共外交的(public diplomacy)な観点で大きな意味を持つと考えています。日本の学生たちが韓国に対して学んでいる場というのは逆説的に言えば、韓国人にとっては、日本人の認識を学ぶ場になることができます。彼らが新しく知った韓国の姿はどうなのか、これを見て韓国人が得ることができる教訓は何か。みん会は日本政府の考えではなく、その裏面の日本人の考えが分かる場です。本当に多くのヒントを残してくれたフィールドワークでした。 ありがとうございました。

 

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5階廊下の様子。どのドアも同じように作られていて自分の部屋がどこかはっきりさせない意図があったそうです。

日本人参加者Dさん

 植民地歴史博物館を見て、日本軍の今まで行ってきたことや親日派についてさらに深く知ることが出来たと思います。でも今回のことから日韓だけではなく戦争とはどいうものなのか深く知ることができました。また戦争によって生まれた損害は責任の所在が曖昧であり、かつ絶対に完全に補償することが出来ないのではないかと考えました。戦後補償等の問題を今までずっと抱えている日韓が今後どうあるべきか考えさせられました。

 

日本人参加者Eさん

 私は今回植民地博物館を初めて訪れたのですが、正直日本人として少し居心地の悪い部分はありました。日本が過去に韓国に対してしたことは決して許されないことだし、もちろんそのことは決して忘れてはいけないと思っていますが、自分の国が犯した過ちに正面から向き合うのは心が痛かったです。日韓間の歴史を知る度に、今こうして両国が交流関係を築けていることを不思議に思うと同時にとてもかけがえのないものに感じます。強制労働被害者遺族のおばあさんが「私のお父さんを探して下さい」と言って涙を流された時、これからの若者に期待していると言って下さった時、両国の未来のために私が出来ることは何だろうかと強く感じました。

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87年1月に南営洞対共分室での拷問により死亡したソウル大生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんが使用していた部屋。この部屋はガラス張りになっていて中には入れません。 9号室のみ当時の状態のまま保存されています。パク・ジョンチョルさんの写真、水拷問に使われた浴槽、取り調べに使われた机があります。いくつか花も手向けられていました。

 みんなで行ってみよう会は随時カカオトークで入会を受け付けています。実際にその場所に行くという体験作りを優先しているので、日韓の歴史の知識がない方も大歓迎です。現在、学部生、大学院生、社会人を含めて全体で34人で活動しています。公式カカオアカウントで、随時活動報告記事を配信していくので、フォローしていただけると嬉しいです。

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第5回活動報告~水曜デモ・戦争と女性の人権博物館~

 後期最初のみん会は、8月28日に第1338回水曜デモに参加した後、戦争と女性の人権博物館に行ってきました。水曜デモとは、毎週水曜日に在大韓民国日本大使館前で行なわれている集会で、第二次世界大戦時における旧日本軍の元慰安婦とその支援者達が、日本からの公式謝罪及び法的補償を要求するために開催しているものです。今回は、私を含め3人という少人数での活動となりましたが、実際にデモに参加して感じたことや、博物館を見学しての感想を共有したので、以下に報告します。

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戦争と女性の人権博物館にある少女像

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日本人Aさん

 デモは、実際参加する前は結構怖かったけど、参加してみたら、反日って言うよりは、平和を作ろうみたいな雰囲気で。テレビのカメラとかめっちゃ回ってたんやけど、これがメディアでどう報道されるのかなとはちょっと思った。実際に見た感じは、メディアはカットするから一部分だけ取ったらめっちゃ過激に見えるのかな、とは思ったけど、でも全体的に見て感じたのは、あべに対してなんちゃらとかするけど、結局結論は平和を目指してる感じで。怖い感じではなかったし威圧的な感じでもなかったし、なんかどっちかって言ったらさ、プラカード掲げてやるやつあったやん。あれはテレビ宣伝用っぽかった、個人的な印象は。あべに対して糾弾しろみたいなのを、2回前向いて言ってやって、1回日本大使館向いてしたんだけど。何パターンかを1時間の間に3、4回するって感じで、それはどうしたら良いか分からなくて座っていたけど。こんなこと(プラカードに)書いてるし、ネットとかも結構日本って書いてるから、そんなこと言われたらどうしようって思ってたけど、まあ大丈夫だった。

 博物館は、結局博物館全体が言いたいことは、性暴力をなくそう、平和な世界を作ろうやけど、日本人としては、慰安婦問題があったのは事実やし、色々調べたけど、ネットの情報だけでは、結構政治利用されてて本質が見えにくくなってるっていうか。河野談話とか調べたりしたけど、結構日本と韓国の政府間で裏で話の内容の調整とかあったみたいで。そういうのみて、めっちゃ政治利用されてたから、それで慰安婦問題って日韓関係の問題な感じがするのにどういうものか分からんなってずっと思ってたけど、でも今回実際に博物館に行ってみて、あったのは事実やし、謝罪は必要かなって思ったし、政府としては政治関係がいろいろあるからどうなんか分からんけど、個人としては謝罪したい気持ちにはなったかな。今までは、なんか分からん問題を日本は謝罪したって言ってて韓国は謝罪してないって言っててどっちやねんって思ってたけど、自分の中で慰安婦問題がどんなものかちょっと分かって良かったかなって思いました。

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デモで配られたプラカード

日本人Bさん

 私は博物館からの参加だったんですけど、前みん会で参加したときも博物館の展示を見に行くやつで、それは植民地博物館だったんですけど、どっちの博物館も市民の募金とか支援でできてるから、韓国政府の認証も得てないし日本も、どっちの政府の力がかかってない博物館だったんだけど、でもどうしても韓国にあるっていう理由で、どっちも行く前は、やっぱり日本を責めるみたいな、展示の仕方だったりとか表現の仕方をしてるんじゃないのかっていうのが自分のなかであったんだけど。日本を責めるって言うよりは事実を知って欲しいって言うのが、考えの根本にある感じで、それこそ(ベトナム戦争の時に)韓国が加害者になった事実も認めてるし、日本がやったことは悪いとして、日本をむやみ責め立てる感じではなかったから、そこはやっぱり直接行かないと分からないなって思ったし、だからこの会の活動意義になると思うし、行けない人達には私たちがそういうことを言わなければいけないかなって。

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水曜デモの風景

 前、読んだサイトのところで戦争で受けた補償は全部賠償しきれないっていう話を聞いたことがあって。そうだ、日韓関係をみんかいでは色々扱ってて、それこそ植民地だったりとか、西大門刑務所とかそういうところを日韓関係を考えるうえで行くのは良いと思ってたんだけど、日韓関係っていうベースがあるときに慰安婦の問題を扱うのがそんなに好きじゃなくて。っていうのも慰安婦って男女の問題で国家間の問題ではないと思ってたから、大統領おまえ偉そうなこと言ってるけど、おまえも男子だろ、みたいな、どうしても自分の中でひっかかる部分があって。だから慰安婦問題を自分の中でノータッチにしてきたとこがあったんだけど。だから、私前あったナヌムの家は行かなくて。まあ、別にいいかなみたいな感じで。

 それこそ、日本を責め立てるって言うよりは、女性の権利って話が多かったから、それは本当に納得できる部分が多かったし、この問題の根本は絶対に政治問題ではなくて女性人権の話だから、そこは理解できて良かったかなって思った。で、さっきの話に戻ると、戦争で受けたダメージは全部賠償しきれないって話で、私の認識としては、日本は謝ったってことにしてるから、日本は謝ったし、全ての被害者どうのこうのっていうのは、実質難しいから、日本の公式謝罪が必要かどうかについては絶対謝罪すべきだとは思ってなかったけど、誠意を見せるのは大事だと思った。お金を払ったから謝った、とかじゃなくて、謝ったとしてその次はじゃあ謝った証拠を見せろって言われたらお金の話になってくるのかもしれないけど、誠意を見せるっていう態度自体はすごく大事だなと思った

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戦争と女性の人権博物館

在日韓国人Cさん

 私は、夏休みくらいの時にこれありますって(告知)あったじゃないですか。(みん会)行ったことないし、この前韓国に戻ってきたんですけど、ちょうど韓国に戻ってるし、その日学校ないし、行ってみようかなくらいのノリでスタンプ押して。でもいざ近くなってきてちゃんとみたら、え、デモやんってなって。行く前も、初めっていうのもあったけど、どきどきして。

 行ってみても、最初見た時、カメラマンもめっちゃおるし、これ(プラカード)を結構みんな持ってて、日本語でしゃべってたら排斥されるんちゃうかと思って。結構怖いと思ったけど、日本人の大学生のスピーチというか、舞台に乗って私は日本のから来たけどって日本語でスピーチしたの。横に通訳つけて。その時とかも結構、どんな反応するんやろうみんな、と思ったけど、その女の子が言ってたのは、日本から来て今ここに立ってるのも色んな考えがあると思うけど、私自身は、やっぱり絶対謝罪は必要やと思うし、って言ってて。今からでも、私は日本帰ってもこうやって言い続けるし、平和を祈り続ける。で、そうやって考えることを許してくださいって言ってて、みんなも拍手って感じで言ってて、それもそうなんやって思ったし。最後の司会みたいな方も、日本側の謝罪を求めるのは、やっぱり絶対これからもそれがあるまで私たちはこれ(水曜デモ)を続けるし、みたいな。でも謝罪を受けることになったら、やっぱり日本は近いし、いい関係になれると思う、みたいなことを言ってはったから、それを聞いて、デモ来る前の思ってた感じ、やっぱり日本とかのニュースでみるような、めっちゃバチバチして、旅行も危険やしみたいな、そんな考えはなくなったというか、それは実際行ってみないとそういう声は聞かれへんから。それでそれを聞けて、嬉しかったじゃないけど安心したというか、今日来てよかったって思ったし。

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水曜デモにいらっしゃったハルモニ

 博物館は、やばい程に私歴史知らなくて、ほんまに授業で聞いてうーんって感じ、試験みたいな感じ。でも(他の国からの)留学生って、日本人は試験のために勉強する感じやけど、みんなは歴史を大事にするっていうか、もうめっちゃ詳しくて。私それにびっくりしたんですよ。みんなめっちゃ詳しいと思って、全然自分知らへんやんって思ってたけど、慰安婦問題についても全然分かってなくて。実際に、どういうことがあって、どんなことされて、どんな生活してたのか。最初の扉開けて、音とかあったじゃないですか。あんなんとか鳥肌とまらへんみたいな。自分と置き換えるじゃないけど、全然状況が違うけど、ちょっと、そういうことを考えたことがなかったから、実際それ感じて、恐ろしすぎて言葉にならへんって感じ。でも多分、歴史に興味ある子は、そういうのも色々調べたり考えたりとかあるんかもしれんけど、友達と話したりとかで、こういう話とかもしないし、だから全然今日まだ博物館行っただけやから全然分からへんけど、そういうきっかけの日になったから、今日はすごい良かったなって思ったし、また参加したいと思います。


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フリートーク

(中略)

Bさん:ベトナムの展示のとこで、その時やったそれを謝れって言ってる訳じゃなくて、その時から今までのことを全部謝って欲しいって書いてあるのがあって、それに関してはなるほどってすごい思った。大日本帝国がやったことだから、今の日本とは違うみたいなスタンスの人いるじゃん。私もそのスタンスの時もあったけど、確かにその問題をずっと放置してきたっていうか、関わってきたのは今の日本っていうか。だからそのことに対しての謝罪も必要だっていうのは、すごいなるほどなって思った。

(中略)

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戦争と女性の人権博物館の展示

Aさん:政府の立場はよく分からんけど、今日デモに参加して、デモ参加者って考えたら過激な感じするやん、イメージは。でも、市民の思ってることって、考えてることって一緒なんやなって思って、そこがちょっと嬉しかった、韓国人も。

 

Cさん:そりゃそう思うよな、みたいな。そりゃ、みんな思うけど、じゃあ逆に政府は賠償金のお金が無いからなのか、政府の理由を知りたいな、調べたいなって思った。

 

Bさん:単純に韓国に対して弱気になりたくないのか、弱気っていうか、まあ弱気になってるわけじゃないけど、そう捉えるっていうか。

 

Cさん:認めるっていうか。

 

Aさん:Bさんが言ってた日本はもう謝罪したってスタンス。それは日本として分かる気するんやって。謝ってるやん、実際に文章で謝ってるんやけど。それはそやなって思うけど、政治的な操作があったから、これは真の謝罪じゃないっていうハルモニの気持ちも分かる。

だから、難しいなって思う。

 

Bさん:総理大臣になるような人が、本当に心の底から申し訳ないって思うことなんてない気がする。

 (中略)

 

Bさん:あ、あと、日本側の視点から言って、なんで俺たちだけ謝らなきゃいけないんだっていう考えもあるのかなって思ったこともある。なんか、やってたのが日本だけじゃないのに、なんで日韓の間だけこんなにこの問題が激アツになってるのか。私の大学の友達で、面白い説っていうか、例えば、台湾の女の子とかもめちゃくちゃ慰安婦にされたりとかあったのに、割と日台関係は良好とか台湾は親日とか言ってるのに、なんで韓国だけこんなに反日感出されて、で、日本の中でも反韓がな感じがして、何でだろうって言っている人がいた。

 (中略)

Bさん:それこそ、日本が韓国に謝罪するなら、台湾とかインドネシアとかフィリピンとかもね。

 

Aさん:意外とさ、慰安婦場がさ、私は日本に設置されてたと思ってたんやけど、東南アジアばっかりで全然日本じゃなかったよね。

 

Bさん:中国、インドネシア、タイとかね。えーそっちなんだー。

 

第4回活動報告 徴用工被害者の記憶の場所をめぐるワークショプ

 こんにちは。ひよこです。私が主催する日韓学生会みん会では、ソウルにある植民地の歴史の場所に日韓の若者が一緒に足を運ぶという活動を行なっています。

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 5月末に徴用工に関するワークショップを開きました。今回は、その議事録を一部公開しようと思います。ワークショップでは、平和の踏み石(평화디딤돌)という市民団体の方に普段の活動内容の紹介や徴用工被害者の証言について2時間ほどお話いただいた後、みんなで徴用工被害者の方達が眠るソウル市立墓地に行ってきました。

 徴用工問題は、韓国の裁判所の判決が出て最近よくニュースに取り上げられるようになりましたが、韓国の学生も日本人留学生もいまいちよく知らないという方が多いようです。日韓問題を扱っていくみん会の活動の中では、一度徴用工に触れたほうがいいのではないかと思い、今回テーマとして取り上げました。

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ソウル市立墓地にて

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日本人Aさん

 以前、平和の踏み石さんの徴用工被害者の証言を聞きに行く活動に参加させてもらいました。その時は「日本の悪口を言われるのかな」って思っていたのですが、実際はそ違いました。その時被害者の方が言われた「当時韓国の方がもっと悪かった」という言葉がすごく印象に残っています。今日、そういう話も出たけども、当時なぜ韓国の状況が悪かったかっていうのは、前回の歴史博物館で学びました。日本の植民地支配があったから朝鮮の人たちが虐げられていて、実際にそこで日本は利益を得ていた。今日話を聞いていて、前回とつながったなと思いました。

 大きな歴史では被害者自体が70万人のなかの数字として見られてしまいます。例えばこのイ・ジョンソクさん(紹介された徴用工被害者)の話とかも70万人分の1人になってしまうじゃないですか。確かに数字では70万分の1だけれども、でもこの人にとっては1分の1であるんですよね。この人にとっては徴用工問題は人生そのものになってしまうんです。あと、徴用工はすごくいい待遇の人もいたしすごい悪かった人もいる。一番最悪なのは、死んだ人たちですよね。でも、死んだ人たちの証言って出てこないじゃないですか。そう考えると、徴用工問題っていうのを全体で見たら、今出ている証言より実態はもっと悪かったんじゃないか、と想像はできるかなと思いました。

 最後に、もう一つ。日本人の中で、なぜ労働の問題が出てこないかということを電車の中で考えていました。当時の問題が今の日本でそれほど問題化されないのは、当時の当たり前だったからという話が今日ありました。でも今から見たらその過酷な労働っていうのは異常じゃないですか。当時の当たり前は今では異常と思うこともありますよね。そうすると、当時の悪かったことを今の価値基準で判断していいのかという問題も出てくるなと考えました。私は、過去の事例をこれからの未来と現在の判断基準として用いるのなら、過去の過ちも今の判断基準で判断して評価を下していったほうが、絶対今後のためになると思います。

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平和の踏み石(평화디딤돌)が設置した慰霊の踏み石

日本人Bさん

 最去年ぐらいに軍艦島の映画を見ました。軍艦島は南の方にあるかあら、今日の話で北海道って聞いた時に、そんな北のほうまで行ったんだとひっくりしました。さっきの病気になった人を蹴り落としたり、死にかけだったから一緒に捨てられちゃったりっていう話を聞いて、自分たちが必死だと人の命って軽く見られてしまうんだなと思いました。

 

日本人Cさん

 今回徴用工についてたくさん知ることができてよかったなと思います。今日聞いたようなことは(簡単に)調べても自分に情報が入ってこないので、まずこういう活動があったことを知ることができて良かったです。日本で徴用工の活動がされているイメージがそもそも無かったから、日本でも活動をしてる方々がいらっしゃるんだと驚きました。あと、韓国人も日本人も当時どういう扱いを受けていたのか調べてみたいなと思いました。

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みんなで黙祷

日本人Dさん

 慰安婦とか独島とかは今までニュースとかで出てて、知る機会はありました。徴用工は最近裁判があって、すごく日本で知れ渡るようになったと思います。私もニュースで徴用工の存在を知りました。私は、徴用工問題はそれほど昔のことではないけど私が知るには結構時間が経った問題だと思っています。私は歴史専攻ではないので正確には分からないんですが、徴用工について日本の教科書には多分載ってないか、載ってても名前くらいじゃないかなと思います。

 ここに来る間に少し電車の中で徴用工問題に調べていて、ネットで徴用工について解説する番組を見つけました。池上彰さんの社会的なものを解説する番組です。池上さんは番組の中で「徴用工問題は解決した」と言ってるんですよね。1965?年にお金を出した、それでプラスでまたお金を払って、それ以降また問題が出てきたら、それは国で対処してくださいと約束をしたって説明してたんですよ。それで私は「ああ、日本はちゃんとお金出したんだ」って思いました。

 でももっと調べてみると「日本は経済費を払った」って書いてあるサイトもありました。被害者たちのためのお金ではなくて、韓国経済を発展させるためにお金をあげたって書いてあるものもありました。何が本当なのかよくわからないってなって思いましたね。で、また最初から悩むことになって(笑)ネットの人たちの意見を見てみたら、経済費ということには特に触れてなくて、終わったことだと言ってるひとが多い。また、徴用工じゃない、募集工だって言ってる人も結構多くて。私たちは徴用工についてあまり習ってないはずじゃないですか。教科書には出てないのに、あれは募集工だたったんだ、何言ってるんだこの番組、みたいなことが書いてありました。こういう人たちはどこから情報を得たんだろうか、何で募集工って言ってるのか気になりました。

 それまで私は、本当に募集だったのか強制だったのかと考えてきたんですけど、朝鮮の生活水準がすごく低かったから飢え死にしないために日本に行きたいって行った人もいれば、徴用状をもらって行った人、無理やり行かされた人、騙されて行った人、遊んでいたのに連れて行かれた人とか、韓国人の区役所の担当の人が日本からの政策でノルマが設定されて勝手に人を連れてったりとか、実際にはいろんなパターンの人がいるということを今日聞きました。全員が同じではなくて、人によって様々な状況があったんだと知ることができました。日本の番組を見てると韓国の人は「ひどい目にあった」「無理やり連れてかれた」と訴えてるシーンばかり出てきます。徴用工は徴用工問題とひとくくりにせず、一人一人違う経験だと思うので、もっと深く一人一人見ていけたらいいなと思いました。その反面、資料もあまりないので難しいのかなとも思いました。やっぱり解決は難しいですかね。

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みんなで解説を聞く様子

韓国人Eさん

 私は、一応、政治外交を専攻している学生として、歴史問題についてよく知っている方だと思います。徴用工問題ついては、日本の政府(の対応)とか当時の戦争に関してとか、韓国人を無理やり連れていって問題になったということは知っていました。でも今日の説明で、韓国が生きづらかったから、無理やりではなく志望して行った人もいたという新しい事実を知りました。私は、問題になる意見を2ちゃんみたいなサイトでたまたま見たことがあります。「朝鮮人が好きで行ったのになんで口を出すのか」という意見を見て、正直腹が立ちました。このサイトが正しい訳ではないし、日本人全体の意見を私が見たり聞いたりすることは不可能ですが、その人もどこかで(志願して行った人がいること)を見たのかなと思いました。でも、この人も韓国人も(強制的に連れて行かれた人と志願して行った人がいるという)両方の事実を見るのがいいんじゃないかと思いました。

 そういう場では、政府レベルではなく、みん会や平和の踏み石などの民間団体主体の、民間レベルの努力が必要だなと考えました。最近、徴用工の問題について判決が出ましたが、韓国の政府は裁判所の判決について口を出すことが一切できません。政府の判決ではなく裁判所の判決なので、日本の政府が不満を表明するのは可能だけれども、たとえ日本政府の主張が正しかったとしても、韓国政府に対してどうこう言って、裁判所の判決変えることはできないと思います。どうしようもできないのに、この問題によって日本の政府と韓国の政府が対立してしまうことは良くないと思います。民間団体は、この問題を解決はできないかもしれないけれど、触れることはできるんじゃないかと思います。草の根外交に関心があるからかもしれないですが、私は徴用工問題では民間レベルの接近が必要ではないかと思います。

 前回、植民地博物館で見たかもしれないですけど、さっき出た朴正煕大統領が日本と約束した基本条約(という名前だったと思いますが)を締結する場では、いろんな意見がありました。韓国側は植民地賠償をしろと主張したし、日本の側は植民地賠償は今までやってないしする必要もないと言った。そのために結論が出なかったんです。でもアメリカは日本と韓国が仲良くなることを望んでたので、賠償の内容を全部無くしてただの経済協力にしました。文章を見れはわかりますが経済協力の内容しかないです。それを指して、日本は賠償をしたというのも、日本は賠償をしてない反省をしてないというのもどちらも正しくないです。この条約には、日本の意見も韓国の意見も全く入っていないからです。その条約で賠償を議論をするのは意味がないのではないかと思います。

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献花をしました

韓国人Fさん

 まず、徴用問題を私たちが教科書で習うとき、数十万人が連れて行かれて強制的に仕事をさせられたと習いますが、どの地域にどれくらい広がってどんな仕事をしてという細部までは習わないんですよ。ただ工場や炭坑についれて行かれて仕事をしたという程度だと思います。今日、どんな仕事をしたのかより正確に知ることができて良かったし、このことがもっと広まればいいなと思いました。特に、さっき本でどこの地域で仕事をしていたのか地図一面に表示されているのを見て、本当に驚きました。隙間がないくらいに広がっていたので。そして、これも私が関心を持って調べなければ決して知ることができないとがとても惜しいなと思いました。それと同時に、もっと活性化できたらな、私ができることがあればいいなと思いました。

 さっき、ブックカフェで見た光顯寺の資料館があったじゃないですか。それを日本人が作ったっていう話を聞いて、韓国人の名前(の表示)を一つ一つを見ながらすごく感動しました。そんな日本の人たちの努力を私たちはほとんど知りません。そういうことももっと広まればいいなと思いました。知られていないことがとても残念です。

 あと、日韓両国で賠償問題についてしきりに論争が起きるじゃないですか。そこで賠償というお金の論点に引っ張られてしまうことに個人的に疑問を感じます。日本は過去に賠償したので今は賠償しなくてもいいという立場です。過去に賠償したというのなら過ちを認めたからこそ賠償したんでしょうおそらく。それなのに、それをひっくり返すような態度について韓国人たちは反発する面があるようなのですが、謝罪しなければならない!賠償金を全くもらっていない!というふうに(韓国人は)受け止めているようなのでその点もしっかり踏まえていけたらなと思います。

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感想共有の様子

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 今学期の活動は、今回で最後でした。アイディアひとつと勢いで始めた活動でしたが、多くの方に応援していただき、無事に1学期を終えることができました。「日韓学生が気軽に歴史に触れられるコミュニティを」というモットーを受け継いでくれる後輩も出てきました。来学期もみん会の活動は続いていく予定です。メンバーを随時募集していますので、気軽にカカオトークでメッセージを送ってださると嬉しいです。今までのご声援ありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。

 

第3回活動報告〜ナヌムの家〜

 現在、私はソウルで植民地時代を考える「みんなで行ってみよう会」(略してみん会)という活動を行なっています。植民地の記憶の場所に日韓学生で足を運び、感想を共有します。

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 第3回目の今回は、京畿道光州市にあるナヌムの家に行ってきました。ソウルのカンナム駅から電車とタクシーを利用して一時間半ほどの所にあります。ナヌムの家は、慰安婦被害者女性が共同生活をする施設であり、現在6人のハルモニ(韓国語でおばあさんの意)が暮らしています。ナヌムの家の隣には日本軍「慰安婦」歴史館があり、日本軍「慰安婦」の実態について知ることができます。日本語の解説が展示のほぼ全てについていますし、予約をすれば日本語で解説をしてもらうこともできます。(※写真撮影は特別に許可をいただきました)

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ナヌムの家広場 ハルモニたちの胸像
 日韓を語るときに必ずと言っていいほど話題に上がる「慰安婦」問題ですが、実際のところ何が“問題”なのかを正確に把握している人は、韓国人にも在韓日本人にもそれほど多くないのが現状です。私たちは、今回ナヌムの家を訪れ、慰安婦のハルモニたちのドキュメンタリー映像を見た後、歴史館で解説を聴きながら展示を見学しました。移動する途中で、偶然広場で姜日出ハルモニに会って少し話も聞きました。帰り道に、本当に来てよかったと皆が口を揃えて言っていました。私自身も韓国にいる間に、足を運べて本当によかったと思います。
 
見学後に毎回行なっている感想共有のコメントを、抜粋して以下にまとめました。

 

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日本人Aさん
 まず、前半は一人一人感想を共有して、後半はフリートークです。後半では、前半を聞いてて思いついた質問とか、思い出したこととかを話していきます。とってもゆる~いので、「自分の考えは違った」っていうのも、普通に言ってもいいですよ。あと、討論じゃないので「それは間違ってる!」とは誰も言わないので心配しないでください。「思ったことが正解」という感じて、やっていきます笑 
 
 私は、日本で慰安婦の授業を一回取って、戦争と女性の人権博物館(通称、慰安婦博物館)も2回くらい行きました。授業は単位だから適当に聞いてたし、博物館もそんなに韓国語ができないときに行ったから、全部の展示は読めなかったです。日本語のあるところだけパパっと読む感じでした。韓国語勉強してからもう3、4年経ってるけど、もともと私は慰安婦にそこまで興味を持てなかったんです。なんか、日韓交流会とか行くとめっちゃ慰安婦の話出るじゃないですか。「K-pop好きでしょ」って言われて、私は「どっちかっていうと現代史の方が好きです」ってタイプの人間だったから「じゃあ、慰安婦どう思うの?」って言われますよね笑。そういう時は「いろんな考え方があると思います」って逃げるコメントをずっとしてきました。でも、授業とか博物館とか行って、日本軍がひどいことをしたことは理解してたつもりです。ただ、なんでそこまでしておばあさんたちは主張を続けるんだろうかっていうのがずっとひっかかってて。河野談話も知ってたから「謝罪してんじゃん」っていう意見も分かってました。ナヌムの家に来るまで、日本とハルモニ、どちらの主張もわかる気がするという感じでした。そして、今回、どうしてハルモニたちがここまで主張し続けて、何を求めていたのか、具体的に日本はどうすればいいのかという答えが、分かったような気がしました。「誠意ある謝罪っていうけど、何それ」ってずっと思ってました。でも、実際ちゃんと7つ(要求が)あった。7つ日本政府が実行してるかっていうと、してない。7つを見てみたら、確かに全部必要なことだと私も思った。そこが1番納得できた回でした。

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慰安所の利用料金表


 韓国人Bさん
 日韓関係って言うと思い浮かぶのは、慰安婦竹島・独島、あとは戦後処理があって。日韓問題の一部として具体的に見てみたいなーと思って今回参加しました。今までも、日本軍慰安婦が実は性奴隷で辛い経験をしたっていうのは聞いてたんだけど。いろんな展示を見て、ハルモニの個人個人の遺品とか絵とかストーリーを聞いて、帰国後も1人の女性としての尊厳や家族を作る機会も奪われて、新しい人生を構築するタイミングも奪われていたことを知りました。慰安婦という事実だけではないな、今でも持続的につながる問題だなと、改めて痛感しました。慰安婦問題で日本政府が言い訳できた理由も、昔は韓国は国自体の立場も弱かったし、公文書の調査の実力とか韓国にも欠けてた部分があったからだと思います。でも、今、WTOの訴訟で韓国が勝ったように、韓国も外交力の面でも力はついてきてるから、慰安婦問題の解決の力に少しでもなればなと個人的に思っています

 

日本人Cさん
 この前、英会話の時に日韓関係の話が出て、その時に日本人の中年のおばさんが「日本は謝ってるのに、なんで(韓国が)言ってくるのかわかんない」って言ってました。その時、私も反論できる材料を持ってなくて。その時のモヤモヤしてたものが今日ここに来て、なんとなく分かって良かったです。ハルモニ個人個人の説明を見て、最近亡くなってる人が多かったので、早く解決しなきゃなと思いました。あと、アイドルが慰安婦ハルモニのブレスレットを身につけていたのを日本人が見つけて「反日アイドルだ」って言ってるのを見たことがあるんですけど。ブレスレットをしているからといって、全然反日とは関係がないなあと今回思いました。
 

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ハルモニたちの個人のストーリーと遺品
 韓国人Dさん
 一応、慰安婦問題があったってことは知ってたんですけど、今回見学して、もっと詳しく知れてよかったと思います。韓国の歴史教科書にあるハルモニの絵、手を掴まれて日本に連れて行かれる絵を実際に見ることができて、いい経験になりました。学校の日本人との交流会での話なんですが、日本人の学生が慰安婦問題について発表したことがあるんですよ。その時に、河野談話村山談話、安倍談話を述べて、「実際に日本は慰安婦問題について謝った。韓国人が未だに日本が謝罪していないのは間違い」というふうに説明をしてました。その時、僕も「そうなんだ、日本側は謝罪したんだ」って思って、「韓国側はまだに認めてないんだな」って思いました。実は、今学期学校で慰安婦について授業を聞いているですが。今学期と今日でそれは真の意味での謝罪じゃないことを知って、まだまだ慰安婦問題について誤解が多いんだなと思いました。その誤解を解くために、多くの人たちに正確に問題について知らせるのが大事だと思いました。最後に、実際に多くの人たちが慰安婦問題の訴えに参加するのがいいんですが、それは現実的に不可能なので、せめて問題について正確に知って、それを覚えていることがハルモニたちへの最小限の礼儀ではないかと思いました。 

 

 もともと、私は慰安婦についてちゃんと考えたことはなかったです。慰安婦ががあったっていうことだけ知っていて。慰安婦をもっと知らなきゃいけないなって漠然と思っていて、今回参加しました。日本にいる時に、何回もニュースで「日本は謝ったのに韓国はなんか言ってる」とかSNSネトウヨの人たちとか若い人たち、全く知識がない人たちが、メディアの情報を鵜呑みにして「首相とかが謝ったのにまだ韓国は言ってるんだ」って言うのを見てました。「日本は別に悪ことしてないし、朝鮮の人たちも承諾してた」っていうのは、事実として間違っているのに(事実と)認識している人がいるのも知ってました。でも、私はそれは正しくないっていうのはわかってました。なんで分かっているかというと、私の母親がそういうこと若干知ってるんですよ。家でそうニュースが流れると、「そんなことは嘘だ」とか、「そんなことはしてない」とか言うんです。でも、「じゃあ、なんで?」って聞くと親も漠然とした感じで「日本が間違ってる」としか言わないんですよね。私の中では、「間違っているのはなぜか」っていうところが分かっていませんでした。でも今回、説明もたくさんしてもらいながら、いろんな展示物を見て。本当にこんな悲惨なことがあったんだということを身に染みて感じました。重さを感じたというか。慰安婦っていう言い方が本当に間違っていると思ったし。日本軍性奴隷という状態の制度ができていたことをようやく理解することができたと思います。それと、最初は(慰安婦問題は)日韓の問題だと思ってたんですけど、アジアとか台湾とか他の国々でも、性奴隷として女性を扱って日本軍が連れていったという話を聞いて、これは日韓だけの問題じゃないんだと思いました。日本人はもちろん、日本が「韓国の慰安婦」と問題化してるからその意識しかないけど、本当は日韓のことではなくて、日本対他国の政府でもなくて、日本対被害女性っていう考え方をしないといけないことを今日理解できました。本当に勉強になる時間でした。 
 

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慰霊の場所にて
****フリートーク****
 (中略)
Aさん:慰安婦問題って複雑に絡み合いすぎていて、解決ってすごい難しいなと思っています。今まで、慰安婦問題は女性の人権の問題と戦後処理の問題なのかなって思ったんですけど、今日話を聞きながらこれは天皇制の問題でもあるなって、新しい視点を得られました。戦後、天皇を処罰しないほうがいいと判断したのがGHQで、まだ日本に天皇制が残っている。年号改定で今回、天皇が日本人に愛されてるっていうのが分かったじゃないですか。本当に国民から愛されていて、無くてはならない存在なんだなって実感しました。じゃあ、そういう人を、そういう存在をどう処罰するのかっていうのは、日本人の問題であるなとすごい感じました。
 
Bさん:(展示の中で)慰安婦天皇からの贈り物だってやつ、めっちゃ衝撃だった。
 
Eさん:それね。
 
A さん:あと、軍人たちが集まってノスタルジックに慰安婦を語るっていうのは、ちょっとえ……。って思った。
 
(中略)

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姜日出ハルモニと記念撮影
Aさん:今日、おばあちゃんに会って私はすごい衝撃でした。認知症入ってるって言ってたのに、日本人と聞いたら日本の賠償のことをまず言うっていうのは、それほど深く心に刻まれてしまっているのかなって、私は解釈しました。
 
Cさん:私はなんか、どんな顔をして会えばいいのか、分からなかった。ちょっと困惑というか。
 
Dさん:僕は、実際のおばあちゃんに会ってから、慰安婦問題って遠い問題じゃなくて身近な問題なんだなっていうのを感じました。認知症なのに、「日本は賠償しなければならない」「日本は謝罪しなければならない」とずっと繰り返しておっしゃっているのが僕もちょっと驚きで。今の世代が見逃しちゃいけない問題なんだなって思いました。
 
(中略)

 

Bさん:韓国の教科書では慰安婦のことどれくらい載ってますか?
 
Dさん:いまは、金学順ハルモニの名前も出てるし、金学順ハルモニがきっかけでいろんな問題が知られるようになったっていうのも高校の歴史教科書には載ってました。先生によっては慰安婦問題について1時間ずっと話してる先生もいらっしゃったりして。日本は慰安婦に関してどののように歴史教育を行なっているんですか?
 
Aさん: 歴史教育を行ってません笑
 
Dさん:ええ!
 
Bさん:慰安婦という言葉自体も(教科書には)無いし。一旦、第二次世界大戦についての部分もかなり省略されてて。(中略)創氏改名は、一応教わるんですけど、慰安婦はない。
 
Cさん:神社強制参拝は教える。
 
Dさん:自分の感覚では、朝鮮時代までの歴史と近現代史の歴史が五分五分で歴史教科書に載っているので、植民地時代の歴史は細かく学びます。神社に参拝している写真も載っているし、国語で創氏改名に関する文学作品とかも学ぶんですよ。(中略)日本と韓国の近現代史に対しての教育の差があるなとは思ってたんですが、これほど差があるとは思ってませんでした笑
 

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慰安所が再現された部屋の入り口
Bさん:しかも、日本史自体が高校では選択で、必須じゃないんですよ。その面もかなり大きいなと思います。
 
Aさん:韓国では、韓国史は必須ですか?
 
Dさん:韓国史は必須です。大学に入る試験の必須科目なので。でも、必須だからと言っても、問題が『ハングルを作った人は誰?』っていうレベルなので易しすぎます。でも一応必須ですね。韓国はやっぱり、近現代史について、特に植民地時代については本当に細かに学生たちに教えてるなーっと大学に通いながら思うようになりました。(中略)
 
Cさん:日本は、近現代史が最後の方にあるから、ダッシュで終わるっていうのも(あります)。
 
Dさん:韓国では、独立運動家の名前や所属まで覚えなきゃならないので。10年代に日本はどんな政策を行なって、20年代に日本はどんな政策を行なって、30〜40年代に日本はどんな政策を行なって、どういう影響をもたらして、今はそれがどう残っているのというのを詳細に教えてます笑。
 
 
Bさん:前、ソウル大学東京大学で日韓学生交流とかやってたんですよ。いろんなテーマに基づいて討論とかするんです。そこで思ったのが、まず討論が成り立たないということ。まず、東大側が知らなさすぎて。韓国側の方がより日本のことを知ってて、「なんで?」って東大側に聞いても、「知らない」で終わることが多くて。「あ、これはまず意見があるというよりは知るから始まるのか」と切実に思った。私自身も知らないことが多いなっていうのもそのとき気づきました。

 

(中略)
Aさん:ネトウヨって、ネット人口の数パーセントもいないのに、活動がすごい活発だから、あたかも半数を占めるような印象を与えることができる集合体なんですよね。それが話題になるからってそれを取り上げるメディアもメディアだと思うし。そしたらもう、言ったもん勝ちになっちゃうよね。でも、例えば「慰安婦問題は無かった」っていう記事を見て、どれくらいの人が本当なんだろうかって調べるかっていうとほとんど調べないし。言ったもん勝ちの世界になっちゃうのがすごい怖い。
 
Bさん:どう解決するっかていうのがさ……
 
Aさん:難しいんだよね。
 
E さん:片寄った見方をしている人は、韓国の人たちがちゃんと歴史の勉強をしてるのを反日教育だという人もいるじゃないですか。正しい歴史を知ることを、反日という思想にしてしまう感覚がよくないと私は思います。そういう感覚を持たずに、正しい歴史の勉強をできるようにしないといけないなと思いました。

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 今回は本当に気付きが多い1日だったようで、感想共有の時は、予定時間を大幅に超えて話こんでしまいました。この他にも、人権の話や国家について、朝鮮人差別などいろんな方向に話が広がりました。
 私は、日韓問題の代名詞だからこそ、「慰安婦」問題について日韓学生がラフな形で意見交換ができる場があればいいなとずっと思ってきました。日韓学生の知識量の差と歴史認識の差が大きな壁となっていましたが、博物館見学を通してその2つを共有することで壁をクリアできました。対立する討論という形ではなく、考えを共有し他者を認め合う形での語り合う場をささやかながら今回つくることができたと思っています。
 
「また友達連れて来ますね。」
みんなから自然と出てきた解説員の方への言葉の輪が、ずっと続くことを願って。

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日本語でのメッセージ
 
 
 
 

第2回活動報告〜植民地歴史博物館〜

 現在、私たちはソウルで植民地時代を考える「みんなで行ってみよう会」(略してみん会)という活動を行なっています。植民地の記憶の場所に日韓学生が足を運び、感想を共有します。

pf.kakao.com 

 第2回目の活動として、4月7日に植民地歴史博物館に行ってきました。この博物館は昨年開館したばかりで、国家の視点に縛られない自由な展示を行なっている民間の博物館です。

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植民地歴史博物館入り口で記念写真

 今回は、みん会の学生だけでなく、九里歴史倶楽部(韓国九里市で歴史に関する活動を行なっている団体)の方もお子さんを連れて参加してくださいました。みんなで一緒に2時間たっぷり解説を聞きながら展示を見て回り、その後に感想を共有しました。偶然ですが、今回の参加者は全員日本人だったので、参加した感想も前回とはまた違ったものになりました。コメントを一部抜粋してまとめたので、よかったら最後まで読んでください。 

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ひとりひとりの感想

Aさん

 日本の立場とか韓国の立場とか考えないで、しっかりと歴史を、あったことを中立の立場から見ていく展示が貴重だなと思いました。さっき集合時間に少し送れっちゃったけれど、その理由は一生懸命メッセージを書いていたからで。ぜひ、こういう博物館がいろんな人に日本韓国問わずに知ってほしいし、ずっとこういう博物館が残っていけばいいなと書きました。

 あとは、展示の最後のところに映像が流れていて。遺族の方で徴兵で家族を失った人たちの追悼式の映像が流れていました。遺族の方たちが泣きながら追悼式に参加しているのが心が痛くて。(中略)日本が後で家族のもとに返してあげなかったり記録をちゃんと返してあげなかったのも悪いし、でも韓国政府が日本政府から資料を受け取っていながら遺族に渡してなかったっていう部分もあって。どこにもやれないような気持ちがすごい心に残ってます。

 最後に。独立運動の人たちの記録、名前やどんなことやったかっていうのが、警察に捕まった後でブラックリストとかから出てきたのがすごく皮肉で。独立って韓国からしたら、お祭りみたいなすごく喜ばしいことだけど、日本に敵対視されてた記録から出てきたり、彼らが日本に反抗した証拠から出てくることが、独立の喜ばしい面だけではない悲しい面を見たようで、記憶に残ってます。

 

Bさん(解説をしてくださった研究員の方)

 ちょっといいですか笑(中略)独立運動というと、華々しくて注目されてるイメージがあるんですけれども、実はそれってごく一部の方たちだけなんですよ。まだまだ独立運動家って誰がいて、どんな活動をしていたのかっていうのは明らかになっていなくて。3・1独立運動100周年というこの時期にようやく掘り起こしがされている状態です。この植民地歴史博物館、民族問題研究所は、独立運動家の遺族の方たちへのインタビューも行なっています。当事者はほとんど亡くなっているので遺族の方に。やっぱり遺族の方々は「どれだけ自分たちが苦しかったか」を話されます。植民地期もそうだけれども、解放後も捨てられてきたものがあって、注目されてこなかった(部分がある)。本当に一部の人たちが英雄視されて自分たちは置き去りにされてきたという思いを、遺族の方は今残されているんですよね。独立運動って実は華々しいものではなくて、実際はすごい苦しいもので、家族たちはなおさらだったんですよね。やっぱり男性が主人公になることが多いので、女性は後ろで泣くとか、食べ物を準備したり、資金を調達したりという苦しい生活をしていました。子ども達はどうだったかっていうと、全然省みてもらえなくて、寂しい思いをしたとか、いつも親とは離れ離れだったとかそういう言葉を残してらっしゃるんですよね。そういった独立運動のいろんな面も今後は残していけたらいいなと思っています。お話さっき出来なかったので笑。失礼しました。

 

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世界各地から博物館を支援している方達の名前が刻まれている

Cさん

 今日、初めてこういう活動に参加しました。今まで、韓国の学生と交流を通じて歴史を話す機会はあったんですけど。歴史の中でも日韓関係ってたくさん話すことがありますが、植民地は自分の中で無意識に避けてた(部分でした)。私の中の前提に「日帝と今の日本って違うから、韓国にずっと日帝の話をされても正直こちらができることも限られているだろう」と考えることもありました。でもやっぱり、遺族の方々の話だったり、戦後の話になったら今の日本が関わっていない訳はなくて、どこかしら責任もあって。それを再確認しましたね。

 あと、博物館の名前に堂々と「植民地」って入っているので日本人としては行きずらくて、やっぱり今日みたいな機会がないと来なかったなと思います。もっと日本を責めるような展示とか演出が多いのかなって勝手に思ってたんですけど、戦時中の個人個人がどういう思いをして、どういう経験をしてっていうのが、そのまま反映されている展示が多かったです。よく日本と韓国の話をしている時に、韓国が被害の部分を膨らまして表現していると言う人たちがいるんですけど、やっぱり日本も目をそらしている部分が大きいのかなって、改めて思いました。今日の展示を見ただけでも、日本がしてしまったことへの罪悪感を多少感じて、どこかしら責められている気持ちになりました。別に責めてる表現をしていないのに、責められている気分になる部分があって。それは単純に日帝がやってることが根本としてあると思います。やっぱり、日本が目を逸らしちゃダメな部分があるので、少なくとも今日私たちが知ることができたのは、よかったなと思います。

 

Dさん

 今まで学校で歴史を勉強してきて、日本の教科書は間違ったことを言ってないだろうっていう思いがありました。でも今回、やっぱり隠している部分もいっぱいあるなって。さっき、デジタル盤の画面で陸奥宗光小村寿太郎がいました。日本の歴史上だと、日清戦争日露戦争、その後も日本の歴史に貢献した人といういい意味だけ(の人物)なので、朝鮮に対してしたことを全然知らなかったです。

 あと、朝鮮戦争のことを習う時に「日本は朝鮮特需を得た」ってことだけイメージとしてあると思うんですけど。朝鮮戦争が始まるきっかけに関わる日本の統治と、その後に「朝鮮に共産主義の人がたくさんいる」とアメリカに言ったこととか、日本が関わっている部分が多かったんだなと実感しました。

 

 個人の感想後のフリートーク

 

Eさん

 さっき聞きながら、ここの博物館は細かいことも全部展示してくれるので個人の人生が見えたなということを思い出してました。朝鮮の鉄製のお茶碗を回収されたという小さな事実の展示もあるし、名前の入っている軍の鞄とか、賞状とか、一人一人の名前がわかった。伊藤博文も、人生の中で日本で英雄視される姿と朝鮮では植民地支配のシンボルになっている姿がある。でも、それもその人の1人の人生であって。歴史っていうのは、大きな歴史と小さな歴史がある。小さな歴史が積み重なって、大きな歴史ができていて。大きな歴史だけ見てると分からないことってたくさんあるから、小さな小さな一つ一つをちょっとずつ知っていくのが、私はいいんじゃないかなって思っています。

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解説を聞く様子

Cさん

 (他の人の感想を)聞いてて思ったんですけど。例えば日本で歴史とか政治とかについて話そうとすると、なんとなく嫌厭されがちというか、意識高い系って見られる気がするんですよ。私が、個人的に会ってきた人がそうだったのかもしれないですけど。韓国に来た時、博物館に家族連れが多くてすっごく驚きました。小さい子たちもたくさん来ていて。なんとなく韓国の人の方が歴史を熱心に勉強していて、第二次世界大戦の頃を記憶しようとしている印象があります。日本はどっちかっていうと、「(歴史に)触れなくていいじゃん」っていうポジションな気がするんですよね。別に韓国が曲がった情報とか、歴史を信じて「日本ワー!」って言ってる訳ではないかなと思います。まあ、歪曲部分もあるかもしれないですけど、わかんないです。韓国はより素直に歴史を記憶しようとしている、継承しようとしているのかなって思いました。日本は、どちらかというと、戦争はだめだよという曖昧な認識はあるけど、「じゃあ、どうやって防ぐのか」っていうところは意外認識が甘いのかなっていう印象がありました。

 あと、私たちの年代ってサブカルチャーが韓国と日本で浸透していて、嫌韓反日のイメージが薄らいでる世代だと思うんですよね。それこそ「TWICEイェーイ!」「AKBイェーイ!」みたいな雰囲気が膨らんでいって、歴史の認識や日韓の認識を変えなくても、お互いのイメージが良くなるかもしれないっていう世代に突入していると思うんです。その中で、歴史を学ぶ意義が、最近自分の中でも分からなくなってきています。だからと言って学ばなくていいってわけでもなくて。しっかり学ばなければならないなあとは思うので。日本にどれくらいこういう(博物館に行く)機会があるかわからないんですけど。日本は、博物館とかに行くことを倦厭するイメージがあります。

 

Fさん(九里歴史倶楽部の方)

 韓国の場合はね、教科で歴史をちゃんと勉強しなけでばならないの。(中略)とにかく学校の勉強が厳しいので、教育ママ的なのもあって博物館も賑わっています。博物館も最近は子ども向けのいろんな企画があって面白いので。あと日本よりも入場料が安いとかね。そういう教育、文化的な面でも流行ってるんじゃないかな。まあ、いっときの流行りであったりするんですけど。

 今さっきおっしゃったように、私もビックバンのコンサートに行ってあれだけ日本人のファンが京セラドーム何万人入るところに押し寄せているのを見てびっくりしました。こんなに若い人が韓国のアイドルに熱狂してたら「(日韓関係)大丈夫かな」って思っていました。ただ、こういうのは何かが起こった時に、上がこうちょっと操作したら薄氷がばきばきばきっと割れるように、崩れるんですよ。BTSの時もそうですし、(中略)それまでK-pop好きだった子も嫌厭したりとかね。そして、日本の番組に急に出られなくなったとかね。(中略)好きは好きでいいんですよ。韓国のアイドルを「面白いから好き」「かっこいいから好き」なんですけど、やっぱりいつかすぐに壊されてしまうので。そういう時にやっぱり歴史を知ってないと崩れてしまうので怖いなと思います。

 あと、日本の歴史教育について。日本は歴史教育が甘いとは思うんですけど、一つ希望的に思うのは日本人は「原爆は怖い、戦争はよくない」と漠然とではあるけれども知ってることだと思うんですよ。もちろん、加害の事実を知って、戦争っていうのは、どういう道のりを辿って起こしてしまって、戦争を起こさないためにはどうすればいいかを学ぶためには、ちゃんと歴史を学ばなければならないんですけど。それでもやっぱり「原爆は怖い」とか「空襲こわい」っていうのを、習うことも大事なんですよね。なぜなら、韓国では核というと北朝鮮が持ってる核なので。だから、核に対する考えもすごく甘いし、原爆だとか核兵器を「核おもしろい」とか「原爆セール」とかいう言葉を「ものすごい」と強調する意味で使ったりするんですよね。日本ではありえないでしょ。いくらなんでも日本でそんなことをいうと「なんだ!」ってなるんですけど。(中略)あと、韓国では徴兵制がある、現実の中で自分の夫なり、恋人なり、息子が軍隊に行くので軍人っていうのはやっぱりかっこいいというイメージがある。日本の人って普通軍人を怖いと思ったり、軍服見たら「はっ」となるでしょ。そういうのがないので、感受性の面では日本の人たちがそういうのを持っていますよね。そこで自分たちの国が何をしたか。そして、今隣国で起こっていることにどういう影響を与えたのかというのを知りつつ、平和教育得た感受性の部分を訴えて行くと、日韓はうまくいくのになーって漠然と考えています。

 

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万博の時に会場になった景福宮

Eさん

 私が「BTS好きだったけど、ジミンちゃんがあのTシャツきたからもう嫌い」ってファンをやめる人が結構いたという話を聞いてて、やっぱり文化だけだと「真の交流」っていうのは行えないなっと感じたことがあります。

 あと、日本は自分たちが加害者っていう歴史を教えない。日本の教科書って嘘はついてないけど、教えてないことも多い。もちろん、歴史に力を入れてないってこともあると思うんですけど。そこに隠されているのを一つ一つ掘り起こしていくのが必要だと思う。あと、日本は戦争に対する被害者意識がすごい強いなーっていうのも思っています。じゃあ、被害者意識が強いと全員が戦争したくないって100パー思うかっていうとそうじゃなくて。弱い国だから強くならないとダメだっていう思考回路になってしまったら、それこそ軍隊をつくりましょうとかっていう発想になってしまうわけで。でも、加害者になったらこういうリスクがあって、こういうことをやってしまって、で、将来こういうことが起きるしれないっていうことも考えられるようになるから、私は加害者としての記憶も学んでいったほうがいいと思います。

 

Fさん

 なぜ広島に原爆が落とされたのか。軍都だったからですよね。でそこに日本人だけじゃなくて朝鮮人もいた、っていうことまでは教えない。原爆の被害はいっぱい教えますし。最近は教えないところもあるから、(原爆の被害を)教えるだけマシってこともあるみたいですけど。(中略)日韓関係最悪の時に、一番の被害者はこっちに住んでる私からすれば、子ども達なんですよね。子ども達が学校でいろいろ言われますし、子ども達がいろいろ言われないだろうかと怯える日本出身の親たちもある意味被害者なんですね。(中略)本当に、何があったのかっていうのを見るっていうのは、被害者にならない、加害者にならない道だと思います。意識高くていいじゃないですか。自分が良く生きていきたい、と思っていることは大事なことだと思うので。

 

Dさん

 Fさんに一つ質問があるんですけど。韓国に住んでいて、韓国人と接する時とか、ソデムン刑務所に行った時とか感じたことなんですけど。日本人として申し訳ないと思ってしまう時があって。そういうことに対して、どんな心持ちでしらっしゃるのかお聞きしたいです。

 

Fさん

 そうですね。こっちに住んでる日本人でも、歴史とは関わりたくないという人と、申し訳ないと思ってる人がいます。でも、申し訳なくなる必要はないと思うんですね。実際私が人を殺したわけでもないし、侵略したわけでもない。私の祖父は戦争に参加してますけれども、私がしたわけではない。ただ、知らないままでいいと思ってたら、申し訳ないと思うんですよね。でも私は、ちゃんと知ろうと思ってるし、ちゃんと向き合おうと思っている。それに対して知識が足りなければこれから勉強する、勉強しますと言えばいいと思うんですよね。自分は今勉強しているんだと、一緒に教えてくださいって言えばいいことなんじゃないかなって思う。

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感想共有の様子

Eさん

 私も結構最初は申し訳ないが勝ってて、ちょっと恐怖さえ覚えたんですよね。歴史の授業で私しか留学生いなくて、しかも日本人で。質問とか聞かれるし、「や、そんな知らんし」みたいな。でも、たぶん知らないっていう状態が怖いんだと思います。この間、ちょっと違うんですけど、在日の集まりに行って。ヘイトスピーチの話を聞いて。私はあんまり在日のことに関心がなくて、知り合いにくっついて行ったってだけだったんですけど、そこでいろんなことを知った。今まで知らなかったことを申し訳なく思った。じゃあ、知ればいいんじゃないか。私も知ればちょっとずつ消化できてきたなって感じですね。

(中略)

 私は、Cさんが(初めて)ここに来てくださってすごい嬉しかったです。知らないことを知らないままほっといても別にいいんですよ。誰も責めないし。関心がないからと言って、誰もあなたを責めないじゃないですか。でも、多分知らないよりは知った方がいいだろうなって思うマインドを持ってるってこと自体すばらしいと私は思います。

 

Aさん

 実際私も今、日韓交流を延世大学でやっていて。でも、難しいんですよ。今の子たちって「TWICE好きだから来ちゃった」とか「好きなアイドルいるし来ちゃった」とかそういう子が多くて。でも、そういう子たちと一緒に日韓交流する時って、歴史問題とか深い問題を扱うことって結構難しくて。それ言っちゃうとみんなドン引きしちゃって、「いいよもう。そういうのは関係ない」って子が多くて。そこがすごい難しくて。今は週1回集まってるんですけど、集まる時もレクリエーションみたいなことしかできないし。私は、遊ぶのも大事だけど、そういうので仲良くなってかつ、歴史を踏まえて仲良くなっていくことが大事じゃないかなって思います。ただ単にお友達作るのも大事だけど、それはきっかけであって。深く入っていくには、歴史は避けられないのにどうしても避けちゃう人が多すぎる。この活動を他の人に薦めたいけど勧められないのが心苦しいなって思います。

 

Eさん

 私がこの活動を始めた思いの中の一つでもあるんですけど。K-pop好きな人はK-popが好きなままで、みんながみんな韓国の勉強をしないといけないとは思ってないです。でも、もしジミンのTシャツ問題とかで、「どうしてこんなに揺れてるんだろう」とかふと疑問を持った時に、できるだけ気軽に入れる勉強のコミュニティとか知り合いとか、参加できる場があったらいいんじゃないかなって思っています。だから私は、知識がない人でもできる「ただ博物館に行く」ってことをしてるんですよね。そんな感じです。

 

Bさん

 きっかけづくりですね。別のプログラムで国士舘大学の学生が40人くらい来たことがあるんですけど。語学や文化が中心のプログラムで1、2回は歴史も学ぼうということで博物館に来ました。みなさん、意外とこういうところに来る機会がないので、来てみてじっくり見てみたら、歴史の博物館に来るのも必要だなと感じてくれてたみたいです。講義もしっかり聞いてくれて。なんか、実はちょっと気になってたけど、きっかけがなかったっていう人もいると思うんですよね。だから、みん会の活動をこれからも続けていってほしいなと思います。

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 今回は偶然にも全員日本人で、かつ長い間韓国に住んでいらっしゃる先輩の方もいらっしゃったので、それぞれ韓国に関わりながら感じていた悩みを共有出来たようでした。

 植民地歴史博物館は、参加者全員からとても好評でした。日本人の方も変に構える必要がない展示内容だと思います。予約すれば、日本語解説をしてくれますし、随時イベントも行なっているのでぜひ足を運んでみてください。日本語版のホームページもあります。

historymuseum.or.kr

  

 まだ活動2回目ながら、応援してくださる方や会員数が少しずつ増えてきていて嬉しい限りです。次回は5月上旬に慰安婦被害者の方が暮らしているナヌムの家という場所に日韓学生で足を運ぶ予定です。

 みんなで行ってみよう会は随時カカオトークで入会を受け付けています。実際にその場所に行くという体験作りを優先しているので、日韓の歴史の知識がない方も大歓迎です。現在、学部生、大学院生、社会人を含めて全体で23人で活動しています。公式カカオアカウントで、随時活動報告記事を配信していくので、フォローしていただけると嬉しいです。